インタビュー:甲南大学
甲南大学
井野瀬 久美恵先生 インタビュー: The Times Digital Archive 1785-1985
2007年3月
甲南大学 井野瀬先生研究室にて
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最新刊の著作では、今年、2007年が奴隷貿易廃止200周年ということもあり、戦争以外にも、奴隷貿易の廃止というテーマを大きく取り扱いました。奴隷貿易廃止法案が議会を通過した1807年のことですが、それがナポレオン戦争中の出来事であることを見逃してはなりません。平和な時代であれば「人道主義に基づいて」という見方が中心になるのでしょうが、宿敵フランスとの戦争中に奴隷貿易を廃止するということになれば、その裏に何か思惑があるだろうことは容易に想像できましょう。そうした歴史の構図を総体的に眺めるのに、新聞は格好の材料となります。あるテーマ、ある素材の流れを追うことができるからです。しかも、それぞれの新聞記事は、決して単体ではありません。その隣にどんな記事が掲載されたかもまた、時に重要な意味を持ちます。新聞の面白さ、魅力のひとつはそこにあるといえましょう。TDAの素晴らしさは、紙面そのままの形が提供されていて、その記事の相対的な位置関係をも知ることができるところにあると思います。
現在、海外での学会発表のために現在準備を進めている研究の一つに、「日露戦争がサハラ以南の地域に与えた影響」というテーマがありますが、ここでもTDAを利用しています。日露戦争が世界に与えた影響に関しては、中国、インド、エジプトあたりまでは研究されていますが、いわゆる「ブラック・アフリカ」と呼ばれるサハラ以南の地域に関しては、いまだほとんど分析されていないのが現状です。とはいえ、非ヨーロッパの小国である日本がヨーロッパの大国ロシアに勝利した日露戦争は、さまざまな意味合いにおいて、世界各地の人々のものの見方を変えるきっかけとなった「事件」だといえます。日英同盟に基づき、ロシアのバルチック艦隊が大英帝国に属するアフリカ沿岸の諸港に立ち寄ることを拒否したこともあって、日露戦争は、サハラ以南の人びと(もちろん、すべてではありませんが)にもその過程が見える戦争でした。実際、「タイムズ」を読むと、そうした部分もまた見えてくるのです。
また、自分の研究だけではなく、学生たちにとっても、TDAは、新聞とは誰が何をどういう立場でどのように伝えているか、逆に何を伝えていないかなどを学生に考えさせるのに格好の教材です。学生には、常に書き手を意識しながら記事を読ませることにしていますし、自分自身もそういう意識で「記事の裏側」を読むことに努めています。

しかも、記憶は、たえず書き直されていきます。なぜなら、出来事は、常に書き手が存在するその時々の「今」のなかで、その状況と関連させながら再記憶化されていくものだからです。例えば、奴隷貿易廃止の話も、100周年にあたる1907年の時代状況の中でこの問題を語るのと、国内に大量の非白人移民を引き受けた今のイギリス、そして9.11事件を経験した2007年という現代において1807年の奴隷貿易廃止の意義を考えるのとでは、全く捉え方が違っているでしょう。
「歴史はすべからく現代史である」という有名な言葉があります。歴史叙述は、書き手が生きている「今」、当時の「現代」の視点からたえず書き直されていくものです。もちろん、ある出来事がおこったという事実やその事実関係そのものは変わらないでしょうが、それをどう伝えるか、あるいは描くかは、どんな時代にその出来事を語るかによって大きく変わってくるのです。
奴隷貿易廃止にひきつけていえば、今年3月、奴隷貿易廃止法案通過200周年に際して、イギリスのブレア首相は、公式謝罪は行わなかったものの、奴隷貿易への「深い悲しみと後悔」を表明しました。1907年の100周年の時代にはありえなかったことです。100年の時間の流れのなかで、この出来事をあらためて記憶に刻む意味が浮上し、新しく別の記憶に置き換えられたのです。歴史が「それをどのように叙述するか」の問題でもある以上、今という時代を置き去りにしてはありえないことを、この事例からも読みとれるでしょう。
「歴史的事実」とは、過去に起こった事ではなく、それがどのように後世に伝えられていくか、そしてその記憶がどのように再記憶化されていくかの問題もあります。その場合、TDAのキーワード検索がもたらすメリットは、一言では言い尽くすことができないほど大きなものとなります。
繰り返すようですが、歴史とは、記憶の積み重ねで構成されています。歴史上の出来事の価値は、現代を生きている人間によって、その多くが決められてしまうものです。それは、出来事のみならず、人物に対しても同じです。日本でも、近年、大化の改新で暗殺された蘇我入鹿が再評価されていますよね。イギリスでは、オリバー・クロムウェル(1599-1659)の記憶が好例かもしれません。TDAが対象とする1785年から1985年、クロムウェルはもはや生きていませんが、実際に検索をかけてみると、彼の名が「タイムズ」の記事に登場しているのです。時は、19世紀末の1899年。20世紀を迎えるにあたり、国会議事堂の前に銅像を立てる計画が持ち上がり、選ばれたのがクロムウェルでした。王(チャールズ1世)を処刑した人物の銅像を立てるには、様々な議論が巻き起こったことでしょう。その点からすれば、オリバー・クロムウェルの話は、決して17世紀だけの話ではなく、19世紀、20世紀の話にもなるのです。こうした「歴史と記憶の狭間」をどう考えるか - この問題は、私がたえず学生たちに問いかけつづけていることです。そして、TDAを使えば、それをきわめてわかりやすい事例として学生に具体的に見せることができるのです。なぜクロムウェルが選ばれたのか?他にはどんな候補がいたのか? そうしたこともまた「タイムズ」には書かれていますが、紙面をめくりながら探すのは大変です。でも、TDAを使って検索すれば、さほど時間をかけずにそのページにたどり着けるのです。たどり着いた記事をどう考えるか、そこに何を読みとるか - そこからが、われわれの問題ですね。
考えてみれば、研究者としての私と、教育者としての私は同じスタンスなのかもしれません。教育者として、学生とともにTDAを検索する私と、学者としてTDAを使っている私の間に、まったく隔たりはないのです。なぜなら、TDAで見つけることができる具体例を見せれば、学生もかならず反応します。研究者の私がそうであるように・・・。

19世紀の終わりになると、他にも有力な新聞が登場してきます。ロンドン・タイムズは、ロンドンを中心に編集された新聞でしたので、それに対抗する視点、それとは異なる見解を打ちだした新聞も刊行されました。地方紙だった「マンチェスター・ガーディアン」はその好例でしょう。その後「ガーディアン」という全国紙に発展し、今なお、大学人の間で購読者が多い新聞です。様々な新聞が現れるなか、「ロンドン・タイムズ」は、常に一つの指標であり続けてきました。そこにタイムズの面白さ、魅力があります。
イギリスの場合、クォリティペーパー、いわゆる高級紙の読者層は、大衆紙とはかなり違いますが、その意味でも、タイムズは信頼できる情報が詰まって新聞といえるでしょう。ただ、タイムズに書かれていることが真実であるかどうかは、他のメディアとつきあわせて考える必要があります。私自身は、タイムズとガーディアンを合わせ鏡で読むようにしています。例えば、アイルランドやボーア戦争に対する見方は、タイムズとガーディアンでは対照的です。今後、ガーディアンのデジタル版ができれば、もっと研究の幅が広がるのではないかと思っています。
例を挙げましょう。私が調べていることの一つに、「謝罪」が歴史の中でどう扱われてきたかというテーマがあります。20世紀末、アパルトヘイト廃止後の南アフリカでは、マンデラ大統領によって真実和解委員会(RTC)が設置されましたが、その目的は、アパルトヘイトの調査と和解であり、判決を出すのではなく、真相を明らかにすることにありました。そこに登場するのがなんと、19世紀のイギリスの政治家、グラッドストンの話です。なぜ現代の南アフリカの問題にグラッドストンが出てくるのでしょうか?TDAをキーワード検索してみると、彼がある議会で和解の問題について演説を行っていたことがわかります。この例に見られるように、現代と過去はいろんな結びつき方をしています。時に間違った引用がなされることもありますが、そのこと自体、「記憶の問題」として興味深いですよね。こうした記憶の確認作業もまた、TDAを使えば可能になるのです。新聞データベースは、歴史研究のあり方そのものを変えていくでしょうね。
そのなかで、歴史研究は、出来事をどう解釈するかを今以上に大きな問題として抱えることになるでしょうし、その解釈の仕方も、われわれがどのようにその出来事を捉えるかという問題とともに、われわれの時代以前の人々がこの出来事をどう捉えていたかにも、ますます目配りされるようになるでしょう。
歴史研究においては、起こったことが重要であるとともに、それが、どのように人々に伝わったかもまた大事なことです。出来事に続く政治問題や社会問題、文化摩擦といった流れでその出来事を捉え、検証するためにも、TDAは必要不可欠なツールではないでしょうか。

まだ、TDAを使われたことのない方々に申し上げたいのですが、検索して返ってきたものを見ると、時に「目から鱗が・・・」の思いをさせられます。と同時に、イギリスの新聞は世界を網羅していた、世界各地に目を光らせていたことを痛感させられますね。だからこそ、タイムズを読むことによって、学生は視界を広げることができるのです。学生たちは、当時の新聞を見ることのできる事実そのものにまずは驚きます。その知的な驚きは、彼らの人生において必ずプラスになると私は思っています。
私自身は歴史家ですから、何が伝えられているか、そして何が伝えられていないかが常に気になります。その意味でも、新聞はそうした意識が鍛えられる宝庫です。もちろん、タイムズは言うまでもありません。
インターネットの世界は、約束事があるようで無い世界です。学生に課題を出すと、今の学生はみなインターネットで調べてきます。それ自体はかまわないのですが、その場合には、情報の信憑性を確認することを徹底させています。インターネットの怖さ、だからこそ守らねばならないルールがあることを教えるのも教育者としての責務であると私は考えます。
それから、歴史家が物事を見る時には、自分が生きている時代、「現代」という時代ははずせないと思っています。今の時代を生きている自分がこれを読んでいる/見ている/聞いている、という切り口を忘れてはいけません。ですから、過去のみならず、現代をどう見ているかという目も問われてきます。そして、現代を意識すればするほど、重要な意味を帯びてくるのが、TDAのキーワード検索です。今話題になっている言葉があれば、この言葉はいつ頃から使われたのだろうとか、当時はどういう意味で使われていたのだろうかと思って検索してみます。例えば、revolutionやclassを検索すると、今とは全然違うコンテクストが出てきます。そして、その「発見」は自分の勉強にもなるし、学生にも伝えることができます。言葉にセンシティブになり、その言葉を歴史の中で探ってみるという意味においても、TDAは間口を広げてくれます。
そうした思考ができるからこそ、人文学は大事な学問であると思います。もちろん、医学や工学などの理工系の学問も、経済学や法学などの社会科学も、時代を前進させるのに重要な役割を果たします。しかし、時代の進展においては、どこかに必ず「歪み」のようなものが生まれるわけで、その歪みの存在を意識し、それを議論できる学問は人文学ではないでしょうか。

学生達は、当時の生ニュースに触れて、そこから、当時の人々がこれを読んでどう思ったかという疑問を持ったとき、当時を再現しなくてはならない。そのためには、例えば、タイムズ以外には情報を得るどのような手段があったのだろうかと、立体的に考察を進めはじめます。そして、時代を再構築する作業のなかで、その面白さと難しさとを体験していっているようです。
TDAを通して、ある記事をどういう人たちがどう読んだのかを考えていくことで、中身を多様に膨らませる講義が可能になります。歴史は想像力の問題でもありますが、フィクションではないですから、根拠のしっかりとした想像でなければなりません。そのためには、自分の頭の中の想像を確実にしてくれる証拠を揃えなければなりません。それも、ひとつではだめなのです。その際、新聞は出発点となり、新聞の情報をさらに補強する情報をどこでどのように入手できるかなどを考えるなかで、学生たちの考察と分析の力は鍛えられていきます。この思考の広がりこそが、研究にとって大きな要素でしょう。TDAは、研究の裾野を大きく広げていくと思われます。
それから、いつもゼミの学生に言うのですが、社会に出てプレゼンをする時に、「何年のタイムズではこう言っています」なんて言えたら、カッコいいじゃないですか?
私たちの足元は、過去とグローバルに繋がっています。縦軸に時間軸、そして横軸には空間軸、それを掛け合わせる作業こそが、TDAが可能にしてくれる世界だといえるでしょう。
そんな時間旅行をぜひとも楽しんで下さい。それは、今の自分ときっとどこかで繋がっているはずです。
1958年、愛知県生まれ。
京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
博士(文学)。
現在、甲南大学文学部教授。
兵庫県長期ビジョン委員会、大阪府河川整備委員会、朝日放送番組審議会などの委員を歴任。
著書に、
『植民地経験のゆくえ』(人文書院、第19回青木なを賞受賞)、
『黒人王、白人王に謁見す』(山川出版社)、
『フーリガンと呼ばれた少年たち』(中公文庫)、
『女たちの大英帝国』(講談社現代新書)、
『大英帝国はミュージック・ホールから』(朝日新聞社)などが、
共著に
『ヴィクトリア女王』(ミネルヴァ書房)など、
編著者に
『イギリス文化史入門』(昭和堂)などがある。
=井野瀬先生 おもな著書=
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